七彩マネキン物語

第7話...1960年代のマネキンたち

1960年代前半の百貨店の婦人服売場にはマネキンが林立していた。顧客はマネキンが着ている服の中から目にとまったものを選び試着してみる。サイズはフィットしないが顧客の身体寸法に合わせてサイズ調整を行う。こうした販売方式を「イージーオーダー」と言った。

その当時の既製服はいわゆる「吊るしの服」と言われ、身体にフィットしないグレードの低い服とされた。基本的に高級な服は「誂え」即ち「オーダー」であった。「イージーオーダー」は言わばオーダー的要素を取り入れた「一寸高級な既製服」と言って差し支えなかろう。1960年代になると日本女性の洋装化は決定的となり、身体にフィットする衣服を安価で提供する必要から、この「イージーオーダー」方式は、全国の百貨店に広がったのであった。

この売場の主役はマネキンであった。それまでオーダー服の注文を受ける仕立て屋は、マネキンに着せて店頭ディスプレイすることが多かったことから、マネキンが着ている服は高級とのイメージが定着していた。

素材がFRPになったマネキンの需要は大きな高まりを見せた。1960年代に入り七彩は次々とヒットマネキンを世に送り出した。この時代の七彩マネキンの特徴は、女性らしいなで肩と、50センチという極端にくびれたウエストに代表される体型。顔は眼と口が大きいファニーフェース。美人というよりキュートでセクシーな魅力に溢れていた。ポーズもいわゆる決めポーズで手先に表情があった。カツラは樹脂製の硬い糸を固めて作ったもので、形づくられたヘアスタイルが特徴であった。

こうして当時の七彩マネキンの特徴を振り返ってみると、人間の身体イメージとは、かなりかけ離れたマネキン作家の自由なイメージによって造形化されていたことがわかる。

今では1960年代のマネキンを都会で見かけることはほとんどなくなった。地方の町や古い商店街を歩いていると、時間に置去りにされたように、薄暗い店頭に立っている姿を見かけることがある。これはこれで結構店主からは愛されているのだ。一方七彩が保存している当時のマネキンはなかなか元気だ。かなりの売れっ子でテレビ出演依頼が年に何回となく来る。照明があてられ、テレビカメラが向けられると、その表情を輝かせる。まだまだ負けてはおれないと言った心意気を感じさせる点が何ともほほえましい。

次回は、1960年代後半に起こったファッション産業の大変化のなかでのマネキンについてお話します。(つづく)

1960年代の七彩マネキン

  • PWH-271

    PWH-271

  • PWH-296

    PWH-296