七彩マネキン物語

第28話...小さなからだのマネキン史

マネキンのからだはその時代の理想のサイズや体型を反映させてきました。とは言え、人間が着る服を着せるためのものである以上、大きくてもモデルサイズどまりです。通常のマネキンは、第8話でもお話しましたように標準サイズの服が着こなせる人体寸法や体型を意識し理想化しています。中でも脚が実際の人間の標準寸法より10cm近く長く作られている点が特徴です。

今回は、現実の人間のからだの大きさを反映したものではなく、極端に人間離れした人体寸法のリアルマネキン、即ち通常の大きさのマネキンと、ほぼ同じバランスを持ちながら、2分の1とか6分の1と言った極端に小さなからだのマネキンについて触れたいと思います。

マネキンを産み出した国フランスでは、小さなからだのマネキンの歴史は古く、ルイ14世(在位1643〜1715 年)の頃から、モードの使者として小さな人形に服を着せて海外に贈る習慣がありました。それらの人形はモード人形と呼ばれ、その後、ドレスのイメージを考える際に使われるようになります。20世紀のモード史に燦然と輝く偉大なデザイナー、マドレーヌ・ヴィオネ(1876-1975)は、腕と脚が可動する高さ80cmの木製の小さなマネキンを使ってイメージを広げ、ドレスを形作ったことは有名です。

1946年、第二次世界大戦直後のパリで開催された「テアトル・ドゥ・ラ・モード=モードの劇場」展では、小さな服、小さなバッグや靴、アクセサリーで着飾った、100数十体もの、石膏とワイヤーで作られた高さ70cmの小さなマネキンが、美しく装飾された小さな舞台で夢の世界を演じました。

わが国では、島津マネキンや創業まもない七彩(当時七彩工芸)で、小さなリアルマネキンが作られました。時が流れ、1980年にオープンした、横浜にある岩崎博物館の3階ミュージアムの時代衣裳展示用に2分の1サイズの抽象マネキンを七彩で制作しました。

今から10年前、現在インターネットで販売している2分の1サイズのリアルマネキン「ルビー」の原型が、当時七彩上町アトリエに在籍していた義村邦男(現京都造形課所属)によって原型が作られ、その後製品として一部の人の手に渡りましたが、昨年、文化服装学院のギャラリーで開催された「ヴィオネ展」や各地のウインドーディスプレイでも活躍してきました。また、9月発売を視野に入れて、さらに小さなからだの6分の1サイズのリアルマネキン第二弾を目下準備中です。

このように小さなからだのマネキンは、人間の姿かたちをリアルに投影した等身大のマネキンとは異なった役割が与えられました。場所をとらない、かさばらないと言った物理的条件による役割の違いは言うまでもありませんが、小さくなったことにより可愛さが強調され親和性が高まることから、これまで想定されていなかった空間にマネキンをディスプレイする試みが新鮮です。また、文化服装学院では、2分の1サイズの裁断用ボディで作った服を「ルビー」に着せてシュミレーションしたり展示する等、教材としても使用されています。このように、小さなサイズのマネキンが、等身大のマネキンとともに、新たな可能性を広げてくれればと願わずにおれません。(つづく)

  • 横浜:岩崎博物館

    横浜:岩崎博物館 1980年開館当時のミュージアム空間

  • 伊勢丹新宿店 クリスマスウインドー

    伊勢丹新宿店 クリスマスウインドー 1991年

  • 文化服装学院「ヴィオネ」展会場

    文化服装学院「ヴィオネ」展会場 2001年