七彩マネキン物語

第27話...マネキンの理想は透明人間?

最も理想とするマネキンは透明人間との声が出始めたのは、1980年代以降でした。服は立体的に見せたい、さりとてマネキンは目立たせたくないとの問いに対して、七彩ではクリエーターとのコラボレーションにより透過素材のマネキンを次々と誕生させました。今でこそ、このタイプのマネキンは巷に溢れていますが、一番早く透過素材が採用されたのは1983年のイッセイ・ミヤケ「スペクタクル・ボディワークス」でした。ダークグレイのシリコンゴムの「皮膚」を持つ人体モデルが浮遊する空間に対し、もう一方の空間に配置されたサイボークをイメージした人体モデルの素材は半透明プラスチックでした。しかし、当時の樹脂は透過度が低く、見た目には不透明素材に見えました。しかし体内に光源が仕込まれていたため、暗い空間でその人体モデルは発光し、半透明素材であることが誰の目にも明らかでした。

続いて登場したのが1986年の「毛利の服」展における、スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の衣裳展示用マネキンでした。このマネキンは胴体と頭部が分離するかたちになっており、頭部と手先が透明のアクリルで作られました。しかも頭部は水を充填する水槽と言う画期的なアイデアでした。このように透過素材によるマネキンのさきがけとなったのは、2例ともそのデザインは毛利臣男氏によるものであり、透過素材をマネキンに置き換えたのは、造型室を中心とした面々でした。

同じ年、有楽町西武で開催されたイッセイ・ミヤケ「ハート」展の空間構成を担当されたインテリアデザイナーの倉俣史朗氏は、細かい金網で全身をフォルム化したマネキンを希望されました。七彩京都造形室では、すでに難度の高いその製法をマスターしていたため、その希望に応えることが出来ました。全身を金網で作るためには、熟練した技術を持った京都の職人さんの参加を必要としました。

1989年3月、コム・デ・ギャルソン青山店の開店に当たって半透明プラスチック製マネキンがオリジナルで作られました。ワイヤーて゜天井から吊るされた数体のマネキンは、床から10cmほど浮き上がり、空気や人の流れによってゆっくりと回転しました。その後このマネキンは海外を含む全てのコム・デ・ギャルソンのブティックで展開されました。

1989年4月、姫路市立美術館で開催された「KENZO」展のために作られたマネキンは、服のシルエットに影響をする体幹部分はFRP製でしたが、顔、腕、脚は金属製ワイヤーを溶接し立体化した籠状態でした。服の色の美しさを引き立たせることと同時に“風が通り抜ける人体”をかたちに表すことによって、モノとしての存在を消去しつつ、イメージ上の存在感を空間にもたらすことを試みました。

1991年、コム・デ・ギャルソントリコでも、半透明素材に透明塗料を吹き付けた床置き式マネキンがオリジナルで作られました。同じ年「ツモリ・チサト」ブティックのためにクロームメッキが施されたスチール製ワイヤーマネキンを制作しました。コム・デ・ギャルソン、「KENZO」展、ツモリ・チサトマネキンの制作は、すべて京都造形室が担当しました。

1992年、瀬戸内海の直島にオープンしたコンテンポラリーアートミュージアムのオープンを飾る展覧会としてイッセイ・ミヤケ「ツイスト」展が開催されました。スーパーマーケットの卵のパッケージのイメージで作られた、透明塩化ビニール製の分割されたボディパーツは、ホッチキスでジョイントされました。このマネキンは吉岡徳仁氏のデザインで、その後かたちを変えて「プリーツ・プリーズ」ショップ用マネキンにつながり、現在に至っています。

マネキンの素材が透明であったり、顔がなかったりすれば服が引き立つと言う、一般的な動機だけでなく、クリエーターは、新たな身体イメージを、空間における透過性や浮遊感に求めてきました。しかし今日の商業空間は、このように手間隙をかけて人を楽しませることよりも、経済効率優先の傾向が支配的です。そしてこの傾向は行き着くところまで来た感があります。百貨店のフロアには、19世紀末のパリの百貨店経営者が「生命感のない単なる衣裳掛け」と批評したボディが数百体乱立し、殺伐とした雰囲気さえ醸し出しています。こうした均質化現象に飽き足りず、元気だった1970年代の熱きファッション空間に新たなイメージを求める1970年代生まれのクリエーターから、当時のリアルマネキンに関心が寄せられていることは、こうした均質化現象から脱皮を試みようとする、ひとつの現れとして興味があります。(つづく)

  • イッセイ・ミヤケ「スペクタクルボディワークス」の人体モデル

    イッセイ・ミヤケ「スペクタクルボディワークス」の人体モデル(1983年)
    半透明樹脂

  • プリーツ・プリーズの透明マネキン/イッセイ・ミヤケ「ハート」展のメッシュマネキン

    奥/プリーツ・プリーズの透明マネキン(2000年)
    手前/イッセイ・ミヤケ「ハート」展のメッシュマネキン (1986年)

  • 「KENZO」展のワイヤーマネキン

    「KENZO」展のワイヤーマネキン(1989年)

  • ツモリ・チサトのワイヤーマネキン

    ツモリ・チサトのワイヤーマネキン(1991年)

  • コム・デ・ギャルソントリコの半透明樹脂マネキン

    コム・デ・ギャルソントリコの半透明樹脂マネキン(1991年)

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