七彩マネキン物語

第14話...三宅デザイン事務所とのコラボレーション②

ISSEY MIYAKE SPECTACLE BODY WORKS

新しいファッション空間の創出はもとより、世界のマネキン史における歴史的なインスタレーションとして記録されるは、1983年5月1日〜5月22日まで東京・ラフォーレミュージアム飯倉の800㎡と500㎡の何れも3角形の空間とアトリウムで開催された「イッセイ・ミヤケスペクタクルボディワークス」です。

800㎡の空間を構成する要素は、コスチューム、映像、音響、照明、そしてマネキン=「人体モデル」。テーマは人間の肉体の美しさへの賛歌でした。一方500㎡の空間は、半透明プラスティック製の発光する「人体モデル」を中心に構成され、サイボーグ化する身体がテーマでした。さらにアトリウムの壁面には10個の「プラスティックボディ」が、「人体モデル」に布を被せ立体的に現れた形状を樹脂で固め黒く塗装した身体のレリーフに装着し、等間隔に並べられました。

マネキンでなく、あえて「人体モデル」と表現した点にも、このインスタレーションの、既成概念に縛られない斬新さが表われています。「人体モデル」は、シェープアップ゜された女性の身体の美しさをリアルに表しました。原型は、三宅一生さんとアートディレクターの毛利臣男さんの監修のもとで、七彩上町アトリエの加野正浩が担当しました。さらに、新しい素材感による身体表現は、当時七彩京都造形室に在籍していた大野木啓之さんの担当でした。

800㎡の「人体モデル」は、身体により近い弾力性を与えるために、素材はFRPの表面に発泡ウレタンとシリコンゴムの皮膜を積層させました。これら30数体の「人体モデル」は、すべて天井からワイヤーで吊り下げられ、空気や人の流れで微かにゆれ動きました。照明効果によって時折ワイヤーがキラリとひかり、さながら頭頂からレーザー光線を照射しているかのように見えました。

移り変わる映像と音響と照明は、コスチュームを身につけ浮遊する人体モデルで構成された空間に時の流れを与え、人々を4次元空間に誘ったのです。

国内で圧倒的な反響を呼び起こした「ボディワークス」はその後、同じ年の6月15日〜7月17日にロスアンゼルスで、9月20日から11月20日にはサンフランシスコで、さらに1985年2月27日〜4月9日にはロンドンで開催され世界的評価を受けたのでした。

ファッション関係者のみならず「ボディワークス」が与えた影響の大きさは、時代が進むにつれて明らかとなりました。とりわけ、空間からマネキンを排除してきたデザイナーの中から、これを契機に、空間と融合し、立体的に服を見せるためのオブジェとしてマネキンの存在に注目が集まるようになりました。時はDCブームの真っ只中。「ボディワークス」を契機に、数多くのクリエィターと七彩のコラボレーションがスタートしたのでした。(つづく)

  • 800㎡の空間

    800㎡の空間

  • アトリウムの空間

    アトリウムの空間

  • アトリウムの空間